夢の長期縦走登山。荷物の背負い方3つのポイントを死守!〈前編〉

登山を始めたばかりのビギナーの
憧れであり1つの目標であるのが、
何日もかけて3000メートル級の山々を踏破する
長期縦走登山でなのではないでしょうか。

長期縦走登山では小屋やテントで連泊しての
登山となる訳ですが、当然、装備や食料も多くなり、
大きいザックにかなりの重さの荷物を詰めて
長時間背負うことになります。

もちろんそれらを背負って行動する
体力は必須となりますが、
荷物の担ぎ方や歩き方などを工夫すれば
疲れを軽減することが出来、
快適な長期縦走登山を行うことが出来ます。

そこで今回は、僕の経験に基づいた
長期縦走登山での重い荷物の
背負い方と歩き方について
3つのポイントをご紹介したいと思います。

1、荷物の詰め方は命か関わるほど大事

長期縦走登山でザックの荷物の詰め方が悪いと、
行動中の無駄な疲労に繋がるだけでなく、
歩行バランスを崩し、最悪、
転倒や滑落を引き起こす危険があります。

荷物はまず軽いものを(シュラフ、テント等)下部に、
重いもの(食料、コンロ、水ポリ等)は
真ん中からやや上部辺りに位置するように
パッキングしましょう。

最上部はレインウエアやタオル、携帯食など
すぐに取り出したいものを入れると良いです。

そして重いものはさらにザックの内側、
自分の背中側に出来るだけ近い位置に入れると
ザックを背負ったときのバランスが
とても良くなると思います。

後編へつづく

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ネパールヒマラヤ遠征登山の記憶〈1〉カトマンズはカオスの街〈後編〉

カトマンズでの定宿

前編よりつづく

◎初めてネパールに降り立ってカルチャーショック

ネパール空港は僕らの便の乗客以外誰もいなく、
薄暗くシーンと静まり返っている。

荷物を受け取って、万事のんびりした
イミグレーションをやっと通過し
空港の出口を出たとたん驚いた。

空港の玄関は中の静けさに反して
人でごった返していたのだが、
深夜のオレンジ色の照明に照らされた中
大勢の子どもたちが走り寄ってきて周囲に群がり
僕らの背負っている荷物を手当たり次第に
グイグイ引っ張り出したのだ。

最初は集団のヒッタクリかと思ってびっくりしたが、
揉みくちゃくされながら様子を見ていたら
「荷物を持つから運搬料をよこせ」と
言っているのに気付いた。

しばらく身動きが取れなくて困っているところに
ようやく現地のエージェントが走り寄ってきて、
子どもたちを追い払い、ぼろぼろのバンに
僕たちを押し込んだ。

電球の光と焚き火しかない街の
でこぼこの道をバンは走り抜け、
ホテルに到着したのは深夜12時を回っていたと思う。

遠征チームの仲間2人と画商の友人

◎カトマンズの雰囲気に慣れる間もなく物資調達

僕たちがカトマンズでの宿にしていたのは
フロントにかわいい看板娘がいる
チベット人が経営する場末の小さなホテルだ。

朝起きると、チベタンブレッドとチャイ(紅茶)の
簡単な朝食を済まし、まずはメンバーの知り合いの
ネパール人が経営する画廊へ挨拶に行く。

カトマンズ滞在時は現地で調達する物資の
買い込みや諸手続きを行いながら、
この画廊でネパール風餃子のモモを
サンミゲルビールで流し込むというのが
お決まりのスタイルとなった。

ネパールの首都カトマンズは熱気で溢れ返っていて
排気ガスと生き物の糞尿とお香が混ざりあった
刺激的な臭いがするカオスの街だった。

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ネパールヒマラヤ遠征登山の記憶〈1〉カトマンズはカオスの街〈前編〉

もうかれこれ20年前、
ネパールヒマラヤのアンナプルナ山群にある
シングチュリ(6501m)という山を
これまで日本国内のクライミングでも
良く一緒に登りに行っていた仲間2人と
登りに行きました。

そのときの話をこれから
少しずつ書いていきたいと思います。

季節はポストモンスーンと呼ばれる
ヒマラヤを登るには一番良い季節。

標高はそんなに高くはないものの
登頂率は低く、さらに僕たちはノーガイド
ノーポーターで全ての荷物を自分たち3人で運び
ルートも通常の北東ルートではなく南稜の
ナイフリッジをアルパインスタイルで登るという
登山スタイルにこだわった計画を立てていました。

当時も筆無精なためメモや文章にしたのもは
何も残っておらず、撮影した写真を見ながら
記憶を辿って書いていきたいと思いますので、
人名や名称、行動記録などは正確ではない点は、
あらかじめお断りしておきます。

◎いざネパールへ・・出国からいきなりハプニング

1997年の10月5日早朝に金沢を出発し、
その日のロイヤルネパール航空で
関空を出発する予定だったのに、
待てど暮らせど飛行機が到着せず待機。

挙げ句の果てに、その日は飛行機が来ないという
ハプニングに見舞われ、航空会社持ちで
関空近くのホテルで1泊するはめになる。

次の日、仕切り直しでようやく飛行機が到着したが、
出発直前に乗客の1人が、嫌な予感がするから
飛行機を降りると言い出す始末。

いくら機体がボロいといったってそれは無いだろー!
と思いつつもすぐに飛行機は飛び立ち、
途中の上海空港で燃料補給のため4時間ほど待たされ、
その日の夜中21時過ぎにネパールの首都
カトマンズに到着。

真っ暗な機窓に柔らかなオレンジ色の光の塊りが
見えてきたと思ったら、それがカトマンズだった。

みんな何となく緊張していたせいか、
着陸が成功したとき乗客が一斉に
歓声をあげて拍手したのには驚いた。

僕も思わず一緒にやってしまったが・・・

後編につづく

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